シャケを食べた。
。。。。
夜中に尿意で目が覚めた。
枕元の携帯を見ると、まだ真夜中の3時半か。
1Kの狭い部屋半分を占領しているベッドからモゾモゾと抜け出し、トイレに向かった。
薄いプラスチックの便座を上げ、どこを見るでもなくぼんやりと暗闇の底を眺めながら、事が済むのを待っていると、後ろから「カタン」という小さな音が聞こえた。
玄関のドア下側にポカンと口を開けた、古びた投函口から何かが投函されたようだ。
「何だろう?」
トイレのレバーをひねると、少し早足で急かされるように玄関へ向かった。
雑に脱ぎ捨てられた靴の上に、ハガキが一枚乗っているのが見える。
かがんで拾い上げ、送り主の名前を見るも、記入なし。
それどころか、宛先まで何も書かれていない。
そりゃそうか。
こんな夜中に郵便配達員が配達している訳がないんだから宛先は不要だ。
それじゃあ、一体誰が?
裏返すと、真っ白な面の中央に小さく
「シャケ」
と鉛筆らしきもので淡く書かれていた。
シャケ、、、といえば思い出すのは、かつての高校の同級生。
秀才だったあいつが。。。?
それから、5年の時が過ぎた。。
今でも大切に保管している不思議な無記名のハガキ。
彼、シャケによるモノだとしたら、、、当たり前のように、いつもテストでトップの成績だった彼のこと、あのハガキにもきっと何かしらの意味があるはず。
そう信じて、毎日毎日、あのハガキの意味を考え続けてきたが、今日、布団の中で意識が眠りの中に沈み切る、その直前に一つのアイデアが舞い降りてきた。
ローマ字!?
目を開き、暗闇の天井に「シャケ」の文字を思い浮かべ、ローマ字にしてみると
「 shake 」
シェイク!!!
「シャケ」と書いてあった暗号は、「振れ (shake)」と言っていたんだ!
なぜそんな基本的な事に気がつかなかった!?
跳ね起きると、机の引き出しを慌ただしく開き、例のシャケからのハガキを引っ張り出すと、フッと息を吐き出し、一呼吸。
ハガキをつかんだ右手を肩の高さまで持ち上げ、静かに、上下に振ってみた。
「シャカシャカシャカシャカ」
かすかだが、ハガキの中から、こすれるような音がする。
窓から差す月明かりに当てて透かして見ると、何かがハガキの中に入っているのが見える。
ハガキだと思っていたこの紙は、精巧に作られた薄い封筒だったんだ!
長い年月を経て、とうとう答えにたどり着けるという興奮から、ハサミを探すというわずかなじらしも我慢できず、大胆にハガキを真っ二つに引き裂いた。
ここまで手の込んだことをして来たシャケの事、ただでは済まない内容だろう。。
自分勝手に想像を膨らませて、頭の中を興奮と不安でごちゃまぜにしながら、薄いハガキの中に収まっているカケラを、真っ二つに破った時の大胆さとは対照的に、まるで指に刺さったトゲを抜くように、慎重に慎重に、まばたきと呼吸を止め、指先から伝わる心臓の鼓動を聞きながらつまみ上げた。
ホッと1つ、息。
ハガキの中のソイツは、5cm四方の白い紙だった。
つまみ上げて見えるコチラ側の面には何も書かかれていない。
ならば裏か。。?
人差し指と親指で紙片をつまんでいる右手の手首を捻り、裏側を向けてみた。
「うわぁああぁ!!!!!!!」
紙片の裏側を見た瞬間、声をあげて紙片を投げ捨ててしまった。
そんな馬鹿な。そんな事はあり得ない。
そんな。。きっと見間違いだ。。
思いに反して体は正直だ。
毛穴中から冷えた汗が噴き出してきている。
腰を低くして、手だけをゆっくりと伸ばし、投げ出した紙片をつまみ上げると、もう一度、覗き込んでみた。
やはり。
見間違いじゃなかった。。
いる、やっぱりいる。
彼が、、、シャケが!!
裏側に貼り付いた怯えた顔がコッチを睨みつけている!!!
どうやってこんな薄いところに??しかも、動いて、、いる!?
「閉じ込められたのか?」
ナニモノカに聞かれるのを恐れるように、小さく囁くように言葉を投げかけた。
シャケも何かを伝えたいのか、今にも泣き出しそうな顔で、パクパクと小さく口を動かしている。
何?よく聞こえない。もう一度言っ!??!
言いかけて、違和感に気づいた。いや、違和感じゃない。
今、現実に起こっていることに気がついた。
シャケは僕に話しかけているんじゃない。
僕がシャケに話しかけてるんだ。
いや違う違う、いや、そうじゃない。
そうだけど、そうじゃない。
ボクガ、シャケ、ナンダ。
シャケが閉じ込められていると思った紙片の裏面は、実は鏡になっていて、そこにいたシャケは、鏡に映った僕自身だった!!
そんな事は、この鱗だらけの腕を見たらすぐ分かる事だった。。
生臭いこの臭いで、すぐ気付く事だった。
見て見ぬ振りをして、現実逃避をしているうちに、、見ないようにしているうちに、、、見えているものまで見えなくなっていたんだ。
意識をあざむいて逃げ切れたと思っていた平和な世界で、再び目を覚ました現実。
絶望。。。
何だか酷く息苦しい。喉が乾く。
汗はかいていない。魚類だからかな?
チチチチチチッ。
耳障りな音と共に、後ろで小さく火花が上がる。
シャケの僕が陸地でこんなに活動してて大丈夫なのかなぁ?
そもそも出来るのかなぁ?
少しだけ冷静さを取り戻した頭で、妙に現実的で無意味な疑問を浮かべながら、後ろを振り返ると、御主人様の、かがんでのぞきこんでいる顔が、脂でべっとりと汚れたグリルのガラス越しにぼんやりと見えた。